~クラブカルチャーによるJAZZの脱構築~
ヒップホップは過去のあらゆるジャンルの大衆音楽をリスペクトすると同時に「自由」にまたは「勝手」に再利用して新たな音楽を創生する音楽でありそして文化である。
つまり破壊ではなく再生であり発見であり創造である。
すべてはここから始まる。
これは1960年代におけるフランスのジャック・デリダの「脱構築」や、ミシェル・フーコーの『知の考古学』といった思想=「ポスト・モダン」の再評価とも無意識に共鳴した1980年代~90年代に生まれた歴史的発明なのである。
90年代クラブカルチャーはヒップホップの洗礼を浴びた世代による「娯楽装置としてのディスコ」へのカウンターであり、同時に新たな音楽・文化の発信であり、創造である。
フランス生まれロンドン育ちであるジャイルス・ピーターソンの登場により、それまで一介の娯楽提供者であったディスコDJは「クラブDJ」そして「レコード・レーベル」という新たなる音楽の「表現者」へと変貌。単なる消費財でしかなかった大衆音楽は文化的財産の宝庫となったのである。
それが英国発「Acid Jazz」であり「Talkin' Loud」である。
日本においてもほぼ同時期に新たな鳴動が起こる。
1992年に大きな驚きと衝撃を持って登場した橋本徹のインディー書籍『Suburbia Suite』は1994年にはCDコンパイル・シリーズ『Free Soul』としてさらに躍動する。橋本徹が雑誌『Brutus』編集者であったことは広く知られる。これは『Light Mellow』シリーズの金澤寿和がミニコミ誌の編集・発行を契機に音楽執筆者として活動を始めたことと無関係ではない。
編集者は過去からの連続性の中で「知」の再発見を繰り返しながら新たな「知」を編み出す「創造者」なのである。DJやコンパイラーが音楽による表現者であることと編集者が文字による表現者であることは同義である。
90年代に登場したクラブカルチャー、ポスト・モダン、といった「再評価」 や「再発見」つまり「脱構築」視点による音楽・カルチャーの熱い潮流に大きな影響を受けた世代が日本にも多くいる。
それはジャイルス・ピーターソン・チルドレンであり、また橋本徹フォロワーとして脈々と継承され続けている。
「JAZZ最前線」は90's世代独自の視点による彼ら自身と現在進行形の新世代に向けたヒップホップ~クラブカルチャーの21世紀的「再評価」「再構築」編纂シリーズである。
そして同時に、1990年代における「再評価ムーヴメント」に深いリスペクトを込めた新たなる「再発見」シリーズなのである。
from [JAZZ FRONT LINE] with Love
MPSとは
MPSの本拠地シュヴァルツヴァルトは西ドイツ(旧)のバーデン=ヴュルテンベルク州に位置する。バーデン=ヴュルテンベルク州はメルセデス・ベンツグループとポルシェが本社を置く工業都市である。MOTOWN=デトロイトや米国屈指の工業都市シカゴのCHESS Recordsとどこか相通ずる雰囲気がある。
これはMPS固有の「高音質」と無縁ではないだろう。都市とはそういうものである。
ドイツは第二次世界大戦後、日本と同様に連合国の統治下におかれ、東西ドイツに分断されていた。特に西ドイツは米・英・仏の分割統治下にあり、国として独立したのは1955年と日本に比べてもかなり遅かった。MPS(SABA)がJAZZ、特に米国アーティストのJAZZを多く手がけた背景もそこから紐解くことができる。
西ドイツには米国の基地が多く存在しベルリンの壁の終わる1989年の時点でも、主要基地だけで47あった。約25万人の米軍兵士が駐留し、500以上の軍事施設が西ドイツ全土に配置されていたといわれる。
日本における駐留米軍の兵士は、最も多い沖縄で3万人前後である。つまり戦後西ドイツは政治、経済、文化、人的交流すべてが日本同様またはそれ以上に米国の強い影響下にあったのである。
1960年代後半。西ドイツの若者や表現者たちはフランクフルト学派(批判理論)と呼ばれる思想家たちの強い影響下にあった。特にヘルベルト・マルクーゼの『一次元的人間』や『解放論の試み』は自国だけでなく、隣国フランスの1968年の五月革命や日本の学生運動にも多大な影響を与えていた。
ナチスから米国に逃れていたマルクーゼはその後母国に帰還。西ドイツの思想家、政治家、若者、芸能家、表現者に多くの影響を与えることになる。この個別の事象だけでなくそこに至る過程も含めて米国・西ドイツの多層多重にわたる歴史的な相関関係の深さは21世紀の日本からも少しだけ想い測ることができるだろう。
MPSはドイツのJAZZの嗜好家が趣味で始めたレーベルではない。西ドイツ・米国という両国の愛情も憎悪もビジネスも政治も敬意も、何もかもありとあらゆる情念の詰まった「激動と変革の時代」の密度の濃い音楽なのである。
そこにはオスカー・ピーターソンによる華麗な超絶技巧ジャズがあり、ジャズ・ロック~クロス・オーヴァーがあり、実験的なプログレッシヴ・ジャズやフリー・ジャズがあり、フュージョン、美しいジャズ・ハーモニー、ソウル・ジャズ、そして多国籍なノマド~エスニックを融合した前衛的ジャズが、どれもが一つひとつ几帳面に整然とそして燦然と輝きながら存在している。そのすべてがMPSのジャズなのである。