1957年、メンフィスの裏通りにある小さなオフィスで誕生したHi Recordsは、創業者レイ・ハリス、ジョー・クオギ、ビル・キャントレル、クイントン・クラウンチら地元の音楽好きが共同で立ち上げたレコードレーベルだった。当初はロカビリーやインストゥルメンタル曲を中心にリリースを続けたが、なかなか大きなヒットには恵まれず、レーベル存続の危機がささやかれる60年代初頭のある晩、まさに「最後の一投」とばかりにスタジオに乗り込んだ若手ギタリスト、レジー・ヤングの一風変わった実験が転機となった。ギターの弦を鉛筆でダウンチューニングし、ほとばしるフローズンなトーンで刻んだリフは、ビル・ブラック・コンボのインスト曲「Smokie Part 2」としてレコーディングされるや否や全米チャートを席巻。文字通り土壇場の“フック”がHiに初の大ヒットをもたらし、経営陣は膨大な倉庫在庫を前に安堵の息をついた。
1968年、ミッチェルは若きアル・グリーンをスタジオに招き、「Tired of Being Alone」「Let’s Stay Together」「I’m Still in Love with You」といった名曲を次々にプロデュース。アルの甘い歌声に寄り添うHiリズムは、従来の粗削りなソウルとは一線を画する艶やかさと躍動感を手に入れ、70年代初頭にはレーベルの黄金期を築き上げた。
一方で、ミッチェルと同じく70年頃から注目を集めたのが、地元クラブのステージからスカウトされたアニー・ピーブルスの発掘だった。ローズウッド・クラブで聴いたゴスペル曲「Steal Away」を披露した10代の素朴な才能を見逃さず、ミッチェルが録音したデビュー曲「Walk Away」はR&Bチャート入りを果たす。以降も「I Can’t Stand the Rain」など涙ぐむバラードで女子も男子も魅了し、Hiサウンドの多彩さを象徴した。
しかし、70年代後半にディスコ旋風が吹き荒れると、南部ソウルの需要は急速に冷え込み、主力アーティストのモータウン移籍や契約打ち切りが相次いだ。80年代前半には事実上の活動休止状態に陥るが、その音源群は以後も映画やCMで度々サンプリングされ、ビヨンセの「Crazy in Love」やヒップホップに刻まれるホーンリフは、Hiリズムの魂を21世紀に伝えている。